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思い出の一枚(サファリラリー)
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■サファリラリー
 ケニア編をUPした記念として直接蒸気機関車とは関係ないですが、忘れられない一枚がありますので紹介したいと思います。
 ケニアで行われるサファリラリーは毎年イースター休暇の4月の頃。
私はスポンサー(セイコーエプソン)のオプシャルカメラマンとしてこのラリーの記録を任されナイロビに飛びました。2年続けて依頼があり楽しみな取材の一つでした。
 その最初の取材のことです。その年の正月、私は中国東北部で蒸気機関車の撮影中、足の指がすべて凍傷にかかってしまいました。3ヶ月後やっと完治して最初の撮影がサファリラリーの取材だったのです。現地は熱帯、激寒から猛暑、霜焼け状態のままアフリカに行きました。

ケニア・ナクル湖
 サファリラリーが始まる10日前にナイロビに到着。コースの下見、国立公園の野生動物、少数民族と取材が毎日あり楽しかったです。しかしこれが甘かった。いよいよラリー開催本番。ラリーカーは毎日、約800〜1500kmの走行距離を約5日でケニア全土を駆け巡ります。私達は先回りしてはラリーカーを待ちます。現地の道はガタガタ、私の乗ってる4WDでも40キロが精一杯のところラリーカーは同じ道を100キロ以上の猛スピードで走ります。本日の距離を決められたタイム内で走行し順位を競うため、各ラリーカーに大幅に差がでてきます。私達はその最後のラリーカーを見送ってから移動します。
 サービスステーションのある町に辿り着かなくてはいけないので夜の移動がほとんどでした。早朝の出発様子を撮るので夜明け前に出発。うだる暑さ毎日、そんな中、疲労と寝不足で私は軽い熱射病にかかってしまいました。軽い脱水症状が続き体がだるくフラフラです。日陰を見つけては腰を下ろしラリーカーを待っていました。とにかく早く終えてナイロビの本部に戻りたい気持ちでした。
 そんな辛い中で撮ったこの一枚の写真は忘れません。遥か眼下に見下ろす道を通ってこの丘を駈け登って来る車。湖の見える小高い丘に陣取り待つこと4時間。一向にラリーカーの来る気配もありません。コースを間違えたかと不安の中、沿道の村から住人が出て来ました。彼等は一斉に指を差す。来た、来た!と喜んでいますが私には何も見えないし何の音も聞こえません。彼等の視力が平均3.0以上、聴覚もいいと聞きます。やがて遠くに一条の煙りがポヮ!と上がり動いています。ラリーカーの通過後に残す立ち埃です。そして同時に空撮とコースサポートするヘリコプターも数台飛んで来ました。
 その埃と爆音がみるみる内にこちらに向かって来ました。手に汗握る緊張の瞬間です。この写真の場所から私の横をラリーカーが通過するまで僅か1分あまり。気がつけば埃の中でした。ギャラリーたちは埃の中でヤンヤの歓声。ラリーカーの爆音、低空のヘリコプター。ほんの数十分前はあんなに静かだった私の周りはこの時ばかりはお祭り状態。私はしばし放心状態でした。こんな体験は後にも先にも始めてでした。機材を片付け次の移動地に向かったのですが、記憶がほとんど無く気がつけば翌日の撮影地でした。
 翌年のサファリラリーの取材中、偶然にもナイロビのガラットの復活がありました。ラリーコースの下見を脱け1日撮影に出かけました。すっかり虜になってしまい、それがジンバブエ、南アと私のアフリカ通いの始まりです。

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