このページは携帯用に最適化されています。
パソコン版のページはこちら
日本(D51)
最短前日14時迄OK
海外航空券予約

■D51
デゴイチの愛称でお馴染み貨物用標準機として1115両も量産された。1960年代・私の小学生時代には総武線貨物や住まいのある津田沼駅でもデゴイチが常駐していた。駅向こうのデパートに行きたく踏切ではいつも待たされ煤煙を避けイライラしていた記憶がある。
D51は全国に配置されていたが、特に北海道夕張線では国鉄最後の貨物列車を引いたのは有名。私にとってあまり魅力ある機関車では無かったがカメラは向けている。
D51 Class (2-8-2)1936年〜戦時中 川崎 汽車 日立 日車 三菱他


北海道夕張線 漬水沢 1975年3月
追分に戻る単機回送を見送る駅職員。すっかり雪もとけ冷たい雨が降っていた。北の春はそこまで来ていた。

北海道 石北本線 金華ー常紋 1974年3月
常紋峠を通過する貨物列車の補機はDLに変わってしまったがまだ本務機はD51だった。DLが押してもこんなに煙が上がるとは思わなかった。私はこの日から3日間通った。

北海道 幌内線 三笠 1975年3月
幌内炭坑からの石炭貨車は三笠駅で96からD51に引継ぎ岩見沢に持って行く。三笠駅出発のD51はいつも苦労していた。

北海道 宗谷本線 和寒ー塩狩 1974年12月
旭川へ移動中、和寒で夕方の貨物を狙った。この日は補機も付かずもの凄い爆煙をはき改めてD51の迫力を堪能した。

北海道 歌志内線 上砂川 1975年7月
歌志内炭坑でも1台のD51が終日運炭列車を引いていた。この日もとても暑く、煙はスカスカだったがドラフト音は町中を響かせていた。

北海道夕張線 紅葉山 1975年3月
力強く紅葉山を出発。夕張川に沿って美しいロケーションが続く。

北海道 室蘭本線 栗岡ー栗山 1974年1月
-25度の朝、前に通過したカマの煙が消えずあたり一帯をさらにガスっぽくしてしまった。そんな幻想的な中、白煙を残し岩見沢行き普通列車は快走して来た。

北海道 室蘭本線 礼文 1973年4月
最後のD52を撮ろうと海岸脇で波しぶき受けながら頑張っていたが来るのはD51ばかり。

羽越本線 桑川駅 1972年8月
この時の羽越線の旅は体調をくずし、ろくなショットもものにできなかった。ホームに入線する坂町行き客車を無能に押した。

中央本線 宮ノ越 1972年3月
複線と電化工事が進む中どこで撮っていいのかひたすら沿線を歩いた。流し撮りなど考えてもいなかったが偶然にも撮れたのがこの一枚。

中央本線 倉本ー上松 1973年5月
木曽路のD51の運用もあとわずかである。電車の試運転やDLのエンジンの音が目立っていた。

中央西線 南木曾駅 D51752  1970年8月
叔父といっしょに伊那から木曽に抜ける旅をした。長いバスの旅を終えやっと南木曾駅に着く。汽車を見たとたん乗る楽しみが込み上げてきた。その叔父も今はもういない。

中央西線 木曽福島駅 D51101 1973年5月
鉄道101年記念号が名古屋からやって来た。新製12系客車を引くD51は花形そのもの、遭遇した誰もが得した気分になった。

参宮線 亀山ー下圧 D51463 1973年8月
炎天下、鈴鹿川鉄橋を無煙、無音でD51が通過した。

関西本線 加太駅 D51885 1973年8月
これからあの築堤まで歩く。ちょうど上り貨物がやってきたのでホームから記念の1枚。

山陰本線 宇田郷ー須佐 1974年8月
宇田郷駅近くの民宿の自転車を借りてこの橋までやってきた。撮影を終え自転車に戻ると鍵がない。どこかで落したようだ。仕方なく鍵を壊して返した。あの時は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 

山陰本線 三保三隅ー折居 D51243 1974年8月
焼けた暑い砂浜を歩くのは辛かった。泳ぎたい気持ちをぐっと我慢して貨物を待つ。

山陰本線 折居ー三保三隅 D51473 1974年8月
駅寝をして朝一番の貨物を狙いに有名撮影地に向かう。砂浜ではキャンプをしていた。朝食の焚火の煙が空腹の私を誘惑した。

日豊本線 南延岡駅 D511032 1973年8月
C61を見に機関区まで出掛けたがすでに出発したあとだった。なんのためにここまで来たのかと悔やむ。ちょうど貨物が出発するところだった。

吉都線 京町温泉 D51453 1973年8月
C55、C57と続く早朝のラッシュタイムである。夜露が残る清々しい中、D51の貨物が勢いよく通過。

吉都線 京町温泉 D511038 1973年8月
門デフもやって来た。 

吉都線 京町温泉 D511038 1973年8月
ふり返ると幻想的な光景が広がっていた。とりあえず一枚押しおいてよかった。こんな状況の絵が何度もあった。フィルムをケチって撮らない自分に腹が立つ。



世界の蒸気機関車
都築雅人の出会いとロマンの煙情日記
©2000-2008 TSUZUKI Masato