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■C11 (下)
東北の只見・会津線や石巻線でも遅くまで残っていたせいか私も土・日曜日を利用して出かけた。特に只見や会津線は沿線風景も美しく四季それぞれ特色のある絵をものにした。
数年前より只見線では旧型客車を引いての復活運転が始まり、沿線風景もほぼ30年前と変っていないのが嬉しい。全国で活躍していたC11はローカル支線がよく似合った。大井川鐵道や真岡鐵道そして北海道の復活蒸機といえばC11ですね。
C11 Class (2-6-4T) 1932年〜 川崎 汽車 日立 日車社 製造数381両


会津線 上三寄ー桑原 1974年3月 C11215
只見線の貨物が連日運休、仕方ないので会津線に行くしかなかった。桑原へ行くつもりが上三寄で降りてしまった。みぞれ混じりの冷たい朝、水墨画の世界のようで神秘的だった。

会津線  桑原ー湯野上 1973年8月 C11315
長い大川第1鉄橋は川原から見上ると壮大な橋だった。現在はダムの底に沈んでいる。

会津線 桑原ー湯野上 1974年3月 C11252
国道121号線で待っていると車やトラックの騒音で列車の通過音がほとんど聞こえない。第2大川鉄橋を渡るのはほんの一舜だからファインダーから目が離せない。お陰で車が跳ねた泥水で私の背中は真黒け。

会津線 桑原ー湯野上 1974年9月 C11197
第3大川鉄橋も下部のダムサイドから撮っても絵になる。この日は国道から第2、第3鉄橋をかけもち撮影した。

会津線 桑原ー湯野上 1974年9月 C11204
第4鉄橋を渡るとしばらく谷間のすそ野を走る。現在は杉が伸びて線路はほとんど見えない。

日中線 喜多方ー会津村松 1974年9月 C11204
会津若松から蒸機が消え去ろうとしていた末期の日中線。休日には関東及び近郊から大勢の愛好家が押しかけた。

日中線 会津加納ー上三宮 1974年9月 C1180
押切川の鉄橋は沿線唯一の人気ポイント。大雨の中を素晴らしいドレインと白煙を残し喜多方へ向う。

只見線 滝谷ー会津檜原 1974年9月 C11254
九州から流れて来た254号機、門デフが新鮮だった。現在この場所はスノーシェルターに被われ国道からは気がつかない。

只見線 会津西方ー会津宮下 1974年10月 C11240
川原から見上げる第2只見川鉄橋も美しかった。この時は水量も少なく水鏡はイマイチだった。

只見線 会津水沼ー会津中川 1974年10月 C11240
定番のお立ち台で私も撮っていた。30年経った只見線に今年も復活運転。まさか当時と同じ絵が撮れるとは思ってもみなかった。

只見線 会津川口ー本名 1974年9月 C11204
毎度、会津川口駅の出発は私も大好きだった。ホームがダム湖の湖畔にあるのが神秘的である。この日は水量がとても少なかった。

日南線 青島駅 1974年11月 C11149
バック運転で宮崎に戻る。青島は新婚旅行で人気の観光地だった。季節外れだったのか新婚さんの姿はなく駅も閑散としていた。

日南線 油津ー日南 1973年8月 C11?
日南線でも有名な撮影地。前夜の日南ユースホステルのミーティングが楽しかった。

日南線 宮崎ー南宮崎 1973年8月 C11149
大淀川の鉄橋ではC57の撮影に飽き、暑さで日陰を選んではごろごろしていた。気力もなく日当に出るのを拒んで横着な撮影。

日南線 日向大束ー榎原 1974年11月 C11165
まだ志布志線ではC58が引く貨物列車が健在だった。朝、宮崎へ行く貨物を大束で撮影をして志布志に戻った。雨の中を快適に飛ばして来た元お召し使用の165号機。

日南線 南郷ー大堂津 1974年11月 C1141
倉吉線無煙化で宮崎に来た41号機。倉吉ではお別れ列車を引いたのかデフには大きなつばめが描かれていた。大堂津は日南線の中で最も好きな場所だった。あ〜!ここで門デフが撮りたかったよぉ〜。



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都築雅人の出会いとロマンの煙情日記
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