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中華人民共和国(KD6・KD7)
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■KD6・KD7
中国国鉄を代表する蒸気機関車の6形式以外にまだ多くの輸入機が存在した。もう10年も前になるがQJを始めJSやYSが大地ではびこっているが、炭鉱や貨物駅の操車場では細々とKD6やKD7が最後の運用に就いていた。内容は貨車の入換えや小運転がほとんどである。90年代前半になると愛好家の注目を浴びることなくひっそりと引退していった。
KD6 Class 2-8-0 1942年〜46年 USA Alo 1435ミリ
KD7 Class 2-8-0 1942年〜46年 USA BLW 1435ミリ


1991年4月 KD6 473 撫順機関区
遼寧省の撫順炭鉱には2台のKD6 がいた。久しぶりに見た米国からの輸入機に感激。

1991年4月 KD6 489 撫順機関区
もう1台は機関支区にいた。すぐ奥は露天掘りへと続く線路が伸びている。最新のSY に運用は譲りもう炭鉱へは降りることなかった。

1987年12月 KD6 477 黒竜江省 鶴崗炭鉱
ここも2台のKD6 が確認した。88年も477号機も露天掘りの底へ降りていた。従業員専用車やクレーン車を推進運転していた。

1987年12月 KD6 476 黒竜江省 鶴崗炭鉱
鶴崗炭鉱上部で入換えに励んでいた。

1987年12月 KD6 477 黒竜江省 鶴崗炭鉱
他の機種と比較にならないほどボロさを感じた。

1988年5月 KD7 657 上海郊外
貨物操車場で単機走行。 

1988年5月 KD7 695 上海郊外
当時も運用から外れ地味に入換えに励んでいた。

1988年5月 KD7 657 上海郊外
どこでもKDが入換え運転で共通するのはバック運転と推進運転がほとんどで撮るのに苦労する。


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世界の蒸気機関車
都築雅人の出会いとロマンの煙情日記
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