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■JF
旧満鉄のミカロ型で元は日本で製造された。中国全土に配置され晩年は構内の入替えや炭鉱支線などで活躍。また最後の旅客営業路線の海南島でも1996年代後半にはJS=建設型と交代した。現在では四川省の漢旺と陜西省の銅川の炭鉱でその姿が見られる。
JF=解放型 2-4-2 1933年〜54年 USA・満鉄沙河口・汽車製造・川崎・日本車輌・日立など 1435mm


1984年12月
黒竜江省哈爾浜市
松花江に沈む夕日を背に推進運転で渡って来た。

1987年12月 黒竜江省・鶴崗郊外
鶴崗炭鉱へ伸びる支線である。冬になるとこの支線では蒸機が復活する。日中はクロコダイル(電気機関車)も走るが朝夕の炭鉱列車は架線の凍結防止のため解放や上遊を使う。

1987年12月 黒竜江省・鶴崗郊外
夕暮れ時、炭鉱関係者を乗せた列車が国鉄鶴崗駅へと向かう。今日の仕事を片づけ家路を急ぐ慌ただしさが伝わってきた。

1990年12月 黒竜江省・綏芬河
綏芬河駅はロシアとの国境。この先で中国国鉄とロシア国鉄との4本のレールが合流(インターレイスゲージ)した単線でウラジオストクまで続く。驚いたことにこの入替えをしている解放型はロシア国鉄(1524ミリ)に改軌されたカマだった。

1985年1月
瀋陽駅後方で入替え専用の解放が休息していた。

1986年1月
北京市市内の五路貨物駅には解放が貨物を引いていた。現在はJYに交代したが、まだまだ市内でも蒸機の活躍が見られる。それでも2008年中国五輪を前に時間の問題。

蘭新線 西固城
蘭州から西固城まで1日4往復が設定されている区間列車を解放が受け持っていた。

1988年12月
海南島の鉄道もこの時はオール解放だった。97年頃JSに代わってしまった。
海南島有名ビーチ、天涯海角を行く解放。暑さで力行しているが煙が全く無い。

海南島の鉄道は石碌から三亜間(165キロ)を鉱石運搬目的で敷設された。現在、1日1往復の混合列車と石碌ー東方間には貨物も走る。東方ー三亜間は南シナ海沿いを走るが海が見える区間は3ヶ所と少ない。

南山付近を行く三亜行き列車。海南島では漁業と農業が盛んな島。気候も温暖で米作りも三毛作である。

新村駅に停車中、三亜の市場へ持っていくため野菜を積み込む農民達。当に出発時間は過ぎている。急かす女車掌とあせる農民たちの活闘が愉快だった。 

1往復の列車は上下ともこの黄流駅で交換する。機関車もともに給水、給炭である。正午到着のため乗客や乗務員も昼食タイム。ホームの食堂、弁当販売は大変な活気で圧倒される。給水を終えたスタッフもやれやれとやっと昼ご飯にありつける。


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